〜まさにハリーポッターの世界!キングスクロスSt.パンクラス駅(ロンドン)〜 |
友人関係と言うのも『類とも原理』があるのだろうか?
高校時代の仲良し6人は全員、海外留学の経験者だ。
emyはイギリス、後の5人もイギリス・アメリカ・フランス・イタリア・・
それぞれ語学&専門分野の技術を学びに短期&長期留学をしている。
その中の1人は結婚してアメリカへ移住した。
社会人になってお金を貯めて、ただ
『25歳までに海外へ出る!』
を目標に、後の事は何も考えていなかった。
無棒と言えば、無棒・・。
でも当時はそんな先の事まで考える発想はなかった。
逆に言えば、帰国した後の心配をしていなかったので
勢いがあったのかもしれない。
あの頃、自分が生まれ育った国よりも海外の文化の方が
数倍魅力的に映っていた。
当時、興味があったスチールの世界・・ファッション雑誌も
海外の方がクオリティーが高く、沢山学びたい事があった。
愛国心なんて当時のemyにはみじんもなかった。
・・って言うか感じられる所が無かったのかもしれない。
emyが住んでいた頃のイギリスはサッチャー政権崩壊の危機が迫っていて、
IRAの爆弾テロもまだまだ続いていたダークな時代。
キングス・クロスRd. はパンクファッションが溢れ、
金融街、其の名も『BANK』は合併前の日本の銀行が多く存在した。
テームズ川周辺のドックランドは日本のゼネコンの名前も並んでいて
日本びいきと言われたサッチャーの様子が一目瞭然だった。
あの頃のイギリスは平均、『1ポンド¥235』。
今から考えるとまだまだ円安の時代。
しかも当時から物価は(フラットの家賃以外)東京以上に高く、
2年間、貯めたお金はあっと言う間に底をついてしまった。
emyは自分の写真はあまり撮っていないけれど、
留学中の自分の写真を見ると、何時も同じく服装・・。
本当に貧乏で、服を買うのも週末のフリーマーケットに足を運び、
古着を買いあさっていた事も覚えている。
そして毎日、どうやって生活して行こうかお金の事ばかり考えていた。
人間、究極の貧困状態になると『やましい』とか『守銭奴』とかではなく、
本当にお金の事しか頭に浮かばない。
当時のイギリスは今程、留学者のアルバイトに関して厳しくなかったので、
ベビーシッターからポスター描き、ジャパニーズレストランと
ありとあらゆるバイトを経験した。
その時『芸は身を助く』と痛感したのが『タロットリーディング』だった。
友人の考案で、観光客の多いコベントガーデンに布を敷いて
タロット占いをした事もある。
これが意外と好評で結局、サイキックの能力に助けられる部分もあった・笑。
お金は無かったけれど、普段の生活は刺激的で
心の中は全くミザリー(苦悩)では無かった。
ヨーロピアンの友人も沢山いたし、
最終的に滞在したフラットも5人でシェアをしていたので、
何かとパーティーを開いて夜中はクラブへ足を運び、
朝まで踊り明かした事もしばし。
しかもGAY CLUB がめちゃくちゃ面白かったので、
同性の友人とカップルのふりをして良く遊んでいた。
音楽、ファション・・全て普通のクラブよりも数倍クオリティーが高く、
GAYの友達もたくさんいた。
(あ!emyはノーマルです・笑)
今程、トラベルカードも高くなかったので、
24時間走っているバスで何時でも帰る事が出来ていた。
イギリスでの生活は、やはり日本では考えられない程
刺激的で芸術的にも沢山、インスパイアされた。
そして同時に自分の心の中の変化にも気付いて行く・・。
それは
『自分は日本人である・・』
と言う民族意識の目覚め。
『大英博物館』や美術館を色々と回っている時、
歴史の教科書で見た産物たちが、何故かイギリスに所蔵されている・・。
それに異常なまでの違和感を感じた。
何故、これをイギリスで見ているんだろ??
何だかその時、自分自身を含め、民族意識の低下が
引き起こした結果のように思えた。
こんな大事な歴史的産物が海外へ渡っている・・。
そしてこの時、自分の国について何も知らない事を
改めて痛感した。
日本へ帰国した時、まず最初に
『着物の着付け』から習い始めた。
着物1つ着れない事がとても恥ずかしいと思った。
そして、日本の文化や風習に付いて興味が出て来て、
気がつけば、日本文化にハマっている自分がいる。
『灯台元暗し』
で一旦、海外に出てみないと自分の国の素晴らしさに
気付かない事は多くある。
結局、海外生活を送った事は『日本文化再発見』の
気づきが目的となったのかもしれない。
最初は自分の海外経験を少し書いてみたけれど、
emyの周りには海外で奮闘する日本人女性たちがいる。
その中でも、昨日まで京都に遊びに来てくれた雅子さんは、
ダントツに波瀾万丈の人生だ。
あの難病を抱えた小さな身体で奮闘する姿は、
並大抵の精神力では持続する事が出来ない。
明日から7年間、ずっと見守って来た彼女の奮闘記を
書こうと思っている。
その中に彼女へ送るエールの気持ちを沢山詰めて・・。
to be next
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